2026年03月20日の日記 〜春分の日に雨の中モバイルオーダーについて考えた話〜
春分の日、雨
春分の日。祝日。なのに雨。
朝から神奈川は雨が降っていて、気温も10度前後と肌寒い一日だった。春分の日というのは暦の上では春の折り返し地点のようなもので、「これからどんどん暖かくなるぞ」と思いたいところなのだが、現実はそうもいかない。3月の後半でこの気温は少し堪える。
外に出る理由も特になかったので、一日中家で過ごすことにした。祝日に予定がないというのは、若い頃であれば少し焦るような気持ちがあったかもしれないが、今はむしろありがたいと思っている。何もしなくていい日というのは、意識して確保しないとなかなか手に入らない。雨が降っているならなおさら、家にいることへの罪悪感がゼロになる。雨よ、ありがとう。
飲食店のモバイルオーダーが便利という話
家でぼんやりしていると、最近ニュースで見かけた飲食店のモバイルオーダーのことをふと思い出した。最近は自分のスマホからQRコードを読み取って注文する店が増えている。
私はこれを便利だと思っている。理由はいくつかあるのだが、まず自分の端末でメニューの写真を見られるのがいい。画面の大きさも明るさも自分好みに調整されたスマホで見るメニュー写真は、想像以上に快適だ。ファミレスなどに置いてある備え付けのタブレットは、反応が悪かったり画面が汚れていたりして、正直あまり触りたくないことがある。あのタブレットの反応の悪さは何なのだろうか。タッチしても反応せず、もう一度タッチしたら二重に注文が入りそうになる、あの感じ。自分のスマホならそういうストレスがない。
一方で、「顧客が自分で用意したインフラ(スマホやデータ通信)にただ乗りしている」という批判もあるらしい。確かにそれは一理ある。店側がコスト削減のために客のリソースを使っているという見方は、理屈としては正しいと思う。が、個人的にはそこはあまり気にならない。Wi-Fiを提供してくれる店も多いし、メニューを見るだけの通信量なんてたかが知れている。それよりも、店員さんを呼ぶために手を挙げ続ける居心地の悪さや、忙しそうなスタッフを捕まえる申し訳なさから解放される方が、私にとっては価値が大きい。
こういう新しい仕組みに対して様々な意見が出るのは健全なことだと思う。でも、使ってみて便利だと感じるなら、素直に便利だと言えばいいのではないか。不便を我慢することが美徳だった時代は、もう終わっていると思っている。
何もしない祝日
結局、今日は本当に何もしなかった。特別な料理を作ったわけでもなく、どこかに出かけたわけでもなく、ただ雨の音を聞きながら家にいた。こういう日を「無駄な一日」と捉えるか「必要な一日」と捉えるかは人それぞれだと思うが、私は後者だと思いたい。何もしない日があるからこそ、何かをする日が際立つ。そういうことにしておく。

AIに渡した日記
春分の日だった。雨だったので一日中家で過ごした。 (質問:飲食店のモバイルオーダーについてどう思う?)便利だと思う。顧客が用意しているインフラにただ乗りするなという様々な意見があると思う。でも、便利だと思う。メニューの写真とかも自分の端末で見えるし、ファミレスとかの備え付けのタブレットみたいに、反応が悪かったりしないし。
この日記は?
この日記は、Fuyaが今日1日でやったことを簡単にまとめています。
それをAIが脚色して記述しています。