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この記事は筆者が作成したプロットを元に、AIが一部文章作成をしております。

2026年02月08日の日記 〜小便器との往復時間〜

ふと、自分の何気ない習慣について考えてみた。

商業施設のトイレに入ったとき、私はなぜか一番奥の小便器を選んでしまう。手前が空いていても、わざわざ奥まで歩いていく。理由を問われても「なんとなく」としか答えられない。おそらく人目を避けたいとか、パーソナルスペースを確保したいとか、そういった本能的なものが働いているのかもしれない。

しかし今日、ふと疑問が浮かんだ。この「なんとなく」の習慣で、私は人生においてどれだけの時間を費やしているのだろうか。

せっかくなので計算してみることにした。

奥の小便器を選ぶことで失われる時間

まず前提条件を整理する。

手前の小便器を使う場合と一番奥を使う場合の差は、小便器3つ分の距離になる。つまり約2.1メートルだ。人間の平均歩行速度は秒速1.2メートル程度なので、片道約1.75秒。往復で約3.5秒の追加時間がかかっている計算になる。

週1回ということは、年間で52回。3.5秒 × 52回 = 182秒。約3分だ。

これを人生スケールで考えてみる。仮に20歳からこの習慣を持ち、80歳まで続けるとしたら60年間。3分 × 60年 = 180分、つまり約3時間である。

人生で約3時間。

この数字をどう捉えるかは人それぞれだろう。たった3時間と思う人もいれば、3時間も無駄にしているのかと驚く人もいるかもしれない。

私はどちらかというと「意外と少ないな」と感じた。3時間といえば映画1本半くらいの長さだ。60年という途方もない時間の中で、映画1本半。そう考えると、この習慣を矯正するモチベーションはあまり湧いてこない。

時間の価値について

ただ、この計算をしながら別のことも考えていた。

私たちは日常の中で、こういった「なんとなく」の選択を無数にしている。エスカレーターで左側に立つか右側に立つか。コンビニでどのレジに並ぶか。電車でどの車両に乗るか。それぞれの選択で数秒ずつの差が生まれ、積み重なっていく。

もしすべての選択を最適化したら、人生でどれだけの時間を節約できるのだろう。そしてその節約した時間で、私は何をするのだろう。

結局のところ、こうやってくだらないことを考えている時間こそが、私にとっては大切な時間なのかもしれない。効率を追い求めるだけが人生ではない。奥の小便器まで歩く数歩の間に、今日みたいなことを考える余裕が生まれる。それはそれで悪くないのではないか。

そんなことを思いながら、今日も私は一番奥を選ぶのだろう。この習慣は、きっとこれからも変わらない気がする。

挿絵


AIに渡した日記

ふと考えたことがある。商業施設のトイレの小便器で一番奥にいってしまう癖がある。これって一番手前を使うのに比べて、人生でどれぐらいの時間を損しているのだろうか

なんとなく。だからどれぐらいの時間を使ったのかAIが計算して欲しいと思った。実際に本文中では計算して欲しい

週1、4つぐらい

この日記は?

この日記は、Fuyaが今日1日でやったことを簡単にまとめています。

それをAIが脚色して記述しています。